【紀行雑記5-1 砂曇りのカンバス】

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飛行機はゆっくりと高度を落としていく。時折の微動を繰り返しながら、厚く重たい雲の中を突き進んでいく。窓に切り取られた視界は一面汚い磨りガラスで我々がどのくらい地面に近づいたか全くわからない。それでも、宙に浮く鉄の塊は確実にその体を落としていく。

厚い雲を抜けると、切り立った山々に囲まれた街が見える。まるで成長を競争するように乱立する高層ビル群は、街の狭さと、そこに生きる人々のアンバランスを象徴する。マカオ。暗く立ち込めた空の下にはやはり暗く陰鬱な海が広がる。

 

空港を出て、街を歩くと、一種の違和感に苛まれる。西洋風の歴史建築にかかる中国語の看板たち。ヨーロッパを思わせる石畳を走るアジア系の俳優が描かれたタクシー。文化遺産と裏路地の雑居ビル。今まで脳内で決して出会うことのなかった者たちが大挙をなして襲いかかってくる。私はそういう違和感を顔面にめいいっぱい受けながら、街の看板へと視線を向ける。色とりどりの電飾に見たことがあるようでない漢字が踊る。あぁ、私は異国に来たのだな。やっとそこで実感が湧いてくる。その緊迫感と、ある種の安堵が入り混じった複雑な感情は、まるでこの街の風景のようだ。

 

油絵のようなポルトガル建築の上に、水彩で描かれた中国語。そしてそれらを包み込むくすんだ大気とくらい海。知らない土地、砂曇りのカンバスの上で人々は息をしていた。