【紀行雑記9-1 なれる】

f:id:MidnightDelusion:20210727000809j:image

出張の折、かなり久々に飛行機に乗る。この空飛ぶ鉄の塊に対しては人によって得手不得手があるだろうが、私はいくつになっても、そしてそれが旅行でもそうでなくても、ワクワクしてしまう。

 

搭乗ゲート近く、滑走路を臨むベンチに座り、ふと、遠出するのはいつぶりだろうかと考える。すぐに思い出せない自分にも驚くが、最近の出張がもうかれこれ1年近く前であることにさらに驚く。

 

周囲を見回すと至る所にパーテーションがあるように、我々の生活は容易く分断されてしまった。それは単に人と人、空間と空間だけではない。連続的に接続されるはずの過去と現在、そして未来。または出会うはずだった人や街、あらゆる邂逅。さらには人々の関係性や伴う希望的な某すら。そこに立てられた透明なカベはますます我々の声を籠らせ、世界を不透明なものにしている。

 

そんな憂いにも似た感情を苦々しく噛んでいると、搭乗のアナウンスが流れる。ゲートを進むと、あのなんとも言えない油臭い匂いが込み上げてくる。ここをくぐれば少しの間、この塊の中で空を飛ぶわけだ。入口でキャビンアテンダントが浮かべる笑顔はなんだかいつもより複雑なものに見えた。

 

そう、ちょうど窓のない飛行機に乗るように、僕らはずっと不安定な旅をしている。それがどこへ向かうのか、知らされないままに時折押し寄せる上下左右の揺れに耐えながら。塊はたくさんの人生を乗せて、フワフワと宙に浮き続けている。僕らは、このまま着陸しないのではないかという不安をずっと胸の奥底にはらみながら、それでも尚、与えられた座席にキチンと座っているのだ。

 

ややあって、飛行機は走り出した。静かな機内と裏腹にエンジンはけたたましく轟かせる。鉄の塊は少しずつ速度を上げ、やがてフワリと宙に浮く。窓を開けると、沈みかけた西日がグサリと前の座席の一点を突き刺した。

 

僕らを運ぶ轟音は、あまりにも耳障りだ。けれど不思議なことにある時すっと感じなくなる。平たく言うとそれは"音に慣れた"と言うことなのだけれど、一連の現象を自認した時、一種奇妙な感覚に陥る。あんなにも煩かった音にすら、僕らは慣れてしまうのだ。それを当たり前のこととして享受し、当たり前のこととして許容する。鉄の塊は前に進むために、僕らと静けさを分断する。

 

ボーッと外を眺めていると飛行機は高度を落とし、やがて着陸のアナウンスが流れる。機体はマジックアワーにさしかかる地方空港へとその体を滑らせる。知らない街に来たことに由来する緊張の中にポタリと垂らされた期待感がポワンと広がっていく。

 

轟音に慣れた僕らはいつか、新しい何かに成れるのだろうか。